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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)147号 判決 1974年4月16日

控訴人 ミマス株式会社(旧商号三桝紡績株式会社)

右代表者代表取締役 廣瀬英利

控訴人 財団法人清水育英会設立準備委員長こと 廣瀬英利

右控訴人両名訴訟代理人弁護士 鍛治良道

同 中島一郎

同 釘沢一郎

同 畔柳達雄

同 花岡厳

同 若林信夫

被控訴人 設立中の財団法人三桝育英会設立代表者こと 清水清明

右訴訟代理人弁護士 江谷英男

同 浜口雄

主文

一、

1、原判決中控訴人ミマス株式会社の請求に関する部分を取消す。

2、被控訴人は控訴人ミマス株式会社に対し金一万円およびこれに対する昭和三五年六月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、

1、被控訴人は控訴人廣瀬英利に対し金五〇万円およびこれに対する右同日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、控訴人廣瀬英利のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、そのうち被控訴人と控訴人ミマス株式会社との間に生じた部分はこれを被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人廣瀬英利との間に生じた部分はこれを二分し、その一を同控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

四、この判決は控訴人らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は「(一) 原判決を取消す。被控訴人は控訴人ミマス株式会社に対し金一万円およびこれに対する昭和三五年六月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二) 被控訴人は控訴人広瀬英利に対し金一〇〇万円およびこれに対する同日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決(控訴人広瀬は当審において訴を変更して上記請求をし、原審における訴を取下げた)ならびに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は「(一) 本件控訴を棄却する。(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、原判決事実摘示の加除訂正

1~6≪省略≫

7、一四枚目表四行目の「原告広瀬の損害」を「清水育英会の損害」と訂正し、同表五行目から一五枚目表五行目までを削除し、同表六行目から同裏六行目までを次のとおり改める。

「(一) 被控訴人は本件仮処分事件において控訴人広瀬が清水育英会設立準備委員長の名を利用して、控訴会社の乗取りを策しているとか、控訴人広瀬が亡千代二郎所有の株式を横領したなどと主張し、本件仮処分判決を得るや、右のような事実が真実と認められたかの如く、財界その他に宣伝し、その結果控訴人広瀬が代表する清水育英会の名誉信用は著しく害された。

この清水育英会の蒙った精神的損害に対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

(二) また清水育英会は本件仮処分事件および同控訴事件につき弁護士に訴訟追行を委任したので、該弁護士に対し手数料および報酬を支払うべき債務を負った。ところで、本件仮処分事件の目的物である控訴会社の株式二〇万株は額面(一株五〇円)で金一、〇〇〇万円となるから、右弁護士報酬が金一〇〇万円を下らないことは日本弁護士連合会報酬規定のうえからも明らかである。

(三) なお、本件において清水育英会は当事者(原告、控訴人)でなく、「広瀬英利」が当事者となって、清水育英会の蒙った前記損害の賠償を請求するものであるが、民事訴訟法第四六条は設立中の財団がその名においても訴えることができるという規定であって、本来設立中の財団に帰属すべき権利につきその代表者がその名において訴えることを排除しているものではないから、右請求は許さるべきである。本訴状における「原告設立中の財団法人清水育英会設立準備委員長こと広瀬英利」なる表示は、純然たる「広瀬英利」個人と区別された清水育英会の代表者としての「廣瀬英利」であることを示したものである。

(四) 前記のように清水育英会の蒙った損害は金二〇〇万円以上となるが、控訴人広瀬は被控訴人に対し、そのうちの金一〇〇万円およびこれに対する昭和三五年六月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」

8~11 ≪省略≫

二、控訴人らの陳述

1、違法な仮処分による損害賠償責任は無過失責任と解すべきである。

制度上事実認定について疏明をもってなすことを許し、簡易迅速な手続たることを本質とする仮処分に比し、事実認定について証明を要し、一層慎重な手続を経た勝訴判決を前提としてなされる仮執行についてさえ、民事訴訟法第一九八条第二項は、仮執行により被告が受けた損害の賠償につき原告の過失の有無を問題とせず、原告に損害賠償の責任があることを規定している。

仮処分の場合についても、わが民事訴訟法の母法であるドイツ民事訴訟法はその第九四五条において、「仮処分命令ガ当初ヨリ不当ナルコトガ判明シタルトキハ……ソノ命令ヲ発セシメタル当事者ハ相手方ニ対シ処分ノ執行ニ因リ生ズル損害ヲ賠償スル義務ヲ負ウ」と規定し、違法な仮処分による損害賠償については過失の有無を問わないことを明定している。

仮処分制度が、請求権の保全権能について、本来の執行の段階前に、債権者の一方的利益のために、債務者に対する暫定的処分を許容するものである以上、仮執行の場合の規定を類推して、債権者の無過失責任を認めるのが正当である。

2、控訴会社の訴外日本新棉花株式会社(以下日本新棉花という)に対する前渡金の処理には誤りがなく控訴会社の期末利益の配当については商法第二九〇条の規定に触れるところはない。

(一)  ある債権につき回収不能または回収困難な事態が発生した場合にはその債権につき回収不能性を検討し、回収不能となる部分が明確な場合には、その回収不能な金額を貸倒れとして損失に計上することが必要となるけれども、この場合、回収不能な金額の算定に当たっては、単に回収困難が予想されるだけでなく、客観的事実に基づいて実質的に回収不能な金額が明らかに計算できることが必要なことはいうまでもない。しかしながら一般に債権の回収可能性の判断には非常に困難な問題が多く、まして当該債権について連帯債務者がいたり、担保を徴している等の場合には過不足のない(過大な場合も違法であると考える)回収不能額を見積ることは実務上いうべくしてなかなか行えることではない。

そこで、一般的な会計実務の慣行としては債権の回収可能性の判断(債権の評価)を法人税法の定める基準に従って行うことが通例となっており(会社が債権の評価に限らず一般的に会計処理の基準を税法に求めることが多いのは、会社独自で客観性ある処理基準を設定することの困難なことに加えて、税法を無視して独自の処理基準によって会計処理をしても税法上その計算が認められることは少なく、更正処分により余分な税負担を余儀なくされることとなり、会社としては、堅実、有利な会計処理とはいえなくなるからである)、控訴会社の場合も債権の評価に関しては一般他社と同様に従来より法人税法の定める基準を採用することとしている。

ところで貸倒れによる損金の認容に関する税務の取扱いは非常に厳格であり、会社独自の判断で貸倒れとして損金に計上しても、債務者の破産または死亡等税法の定める基準に合致した客観的事実があり、かつ明らかに回収不能であることが立証できる場合でない限り、容易に会社の計算は認容されるものではない。

(二)  日本新棉花に対する前渡金は、当時控訴会社の取締役であった被控訴人が連帯債務者となっており、かつ被控訴人所有の宅地家屋を担保に徴している債権である。

昭和三四年三月二〇日預金不足の理由で日本新棉花振出の約束手形が不渡となったことにより、日本新棉花がその時点において右手形金全額を一時に支払うだけの預金を右手形記載の銀行口座に有していなかったことは明らかとなったが、この事実だけでこの時点において連帯債務者の存在を無視し、控訴会社の前渡金債権が全額回収不能であるとして(たとえ取締役会の決議があろうとも)貸倒れ損失を計上しても、税務上これを容認されることはなかったのである。右債権が貸倒れとして損金と認められるためには右手形不渡の事実のみではなく、明らかにその全額が回収不能であるところの税務的立証が必要となる。すなわち、日本新棉花において明らかに支払不能であることの立証と連帯債務者である被控訴人においても明らかに支払不能であることの立証が併せて可能でなければならない。

第二二期(昭和三三年一〇月一日から昭和三四年三月三一日)期末においては、右両者を税務当局に対して立証することは不可能であったのでいまだ控訴会社が貸倒れ損失または債権償却引当金を計上し得る状態にはなかったのである。

第二三期(昭和三四年四月一日から同年九月三〇日)に入り、控訴会社は被控訴人に対する破産宣告の申立をしたが、このことと前示手形不渡の事実により、この期において始めて債権償却引当金設定の条件が揃ったので、前記前渡金債権についてこれを直接貸倒れ処理することに代えて、税法が認める限度内の金額五〇〇万円を債権償却引当金(法人税個別取扱通達昭二九直法一―一四〇、昭三〇直法二―二二三)として引当て計上したものである。

以上のごとく、控訴会社は、国法に従い可能な限りの健全経理を実行していたものであり、いささかも非難攻撃を受ける事由はなかったのである。

なお、控訴会社は被控訴人に対し破産宣告の申立をすることを取締役会で決議しているけれども準備の期間もあって実際に裁判所に対しその申立をしたのは同年四月九日であって、しかもこの日は前記のとおり控訴会社の決算期では第二三期に属し、同期の決算において債権引当償却金を起しているのであるから、前記前渡金債権の扱い方について非難されるいわれはない。

(三)  次に、仮に日本新棉花に対する前渡金債権が第二二期期末においてその全額が回収不能であるとして、一挙に損金に計上すべきであったとしても、被控訴人のいうような商法第二九〇条牴触の問題など生じえないのである。

当時の商法第二九〇条は利益配当につき「会社ハ損失ヲ填補シ且準備金ヲ控除シタル後ニ非ザレバ利益ノ配当ヲ為スコトヲ得ズ」と規定し、ここに準備金とは同法第二八八条の利益準備金および同条の二の資本準備金をいうのであるが、任意積立金については控訴会社の定款上積み立てることを要する旨の規定がないので、前二者に準じて取扱う必要はないけれども、資産再評価法に基づく再評価積立金は同法の規定の趣旨から考えてここにいう準備金に含めるべきものと考える。そこで、控訴会社の場合商法の規定に基づく配当可能利益は次によって計算されることとなる。

すなわち

配当可能利益=(純資産額―資本の額)-{(資本準備金+再評価積立金+前期利益処分後の利益準備金)+(当期利益の二〇分の一)}

第二二期貸借対照表および損益計算書に基づき右の式により同期の配当可能利益を計算すると金六、七二四万六、四三八円となる。

これに対し、控訴会社の同期の配当金は金五六二万五、〇〇〇円であり、右配当可能利益の一割にも当たらない金額であって、蛸配当など商法第二九〇条に牴触する事実は全くない。

そして、仮に日本新棉花に対する前渡金が全額回収不能であるとして配当可能利益を計算し直してみても、配当可能利益は右金額だけ減少するにすぎず、なお金五、〇〇〇万円を超える配当可能利益を有していたのであるから、このことによって新たに同条の牴触が問題となる余地はなかったのである。

三、証拠関係≪省略≫

理由

一、昭和三四年三月二四日津地方裁判所に対し、被控訴人が三桝育英会(設立中の財団法人三桝育英会)の代表者ということで、三桝育英会を申請人、控訴会社および清水育英会(設立中の財団法人清水育英会)を各被申請人とする本件仮処分申請をなし、同年五月二八日同裁判所がこれを容れて原判決添付別紙(津地方裁判所昭和三四年(ヨ)第一三号仮処分判決の主文と題するもの)記載どおりの本件仮処分判決をなしたこと、被控訴人が、執行吏に委任して、同月二九日および同年六月一六日の二回にわたり控訴会社本店において控訴人らに対し本件仮処分判決第二項の執行をなしたこと、本件仮処分判決正本が同月四日控訴人らに対し送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、本件仮処分事件において、三桝育英会は、本件仮処分判決主文第二ないし第六項のほか、本判決添付別紙物件目録記載の株式(以下本件株式という)につき、三桝育英会が昭和三一年一一月二八日以降然らずとするも昭和三三年四月二二日以降仮に株主であることを確認し、控訴会社の第二二期通常株主総会ならびに本案判決確定に至るまでに開催される臨時株主総会および通常株主総会に出席し、株主としての権利を行使することを許さなければならない旨の仮処分を求めたこと、また、本件仮処分申請の理由は次のようなものであったことが認められ、これに反する証拠はない。

1、亡清水千代二郎は財団法人三桝育英会設立のため、昭和三一年一一月二八日第二の寄附行為(原判決添付別紙第二記載の寄附行為)をなし、それとともに自ら代表者となって右財団法人設立手続遂行のため発起人会を結成し、文部省に対し設立許可申請をなした。同人は昭和三三年四月二二日死亡したが、同人の相続人の一人であり、かつ右発起人会の代表者となった被控訴人が右申請手続を受け継ぎ、進行させている。

2、本件仮処分申請人は設立中の財団法人でいわゆる権利能力なき財団にして代表者の定めのあるものであるが、第二の寄附行為のあった日に亡千代二郎から出捐財産である本件株式の寄附を受け、取得した。

3、仮に、前記寄附による取得が認められないとしても、民法第四二条第二項の法意に照らして、本件株式は亡千代二郎の死亡と同時に三桝育英会に帰属した。

4、三桝育英会は昭和三一年一一月二八日本件株式を取得すると、本件株券を控訴会社に寄託した。控訴会社は右契約に基づき本件株券を三桝育英会に返還すべき義務がある。

5、仮に、三桝育英会の本件株式取得が亡千代二郎の死亡のときであったとすれば、控訴会社は亡千代二郎の死亡後は三桝育英会のための事務管理により本件株券を保管しているというべきであるから、三桝育英会の返還申し入れに応じ本件株券を引渡すべき義務がある。

6、仮にそれも認められないとしても、控訴会社および清水育英会はなんら正当な権原なく、三桝育英会所有の本件株券を占有しているものであるから、本件株券を三桝育英会に引渡すべき義務がある。

7、本件仮処分は次のような事情からしてその必要がある。

(一)  控訴会社と清水育英会の各代表者を同一人である控訴人広瀬が兼ねているところから、控訴会社は本件株式名義を「財団法人清水育英会設立準備委員長広瀬英利」名義に書き換え、控訴人広瀬は控訴会社の第二一期株主総会において右名義で議決権を行使した。

(二)  控訴会社においては、控訴人広瀬がその代表取締役に就任した後はほしいままに取締役会を開催し、事実に相違した取締役会議事録を作成し、控訴人広瀬は本件株式の準占有者、控訴会社の代表取締役の各地位を濫用し、不当に役員賞与金を獲得しようとしたり、控訴会社の自動車を自己の利用に便宜に配置したりして、控訴会社の運営につき不当な行為に及んでいる。

(三)  控訴会社は第二二期において違法可罰的な利益配当をしようとしている。すなわち、近く招集される同期株主総会に提出される予定の決算案によれば、貸借対照表資産の部流動資産欄に前渡金一、七九六万五、七八六円が計上されているが、そのうちには日本新棉花(日本新棉花株式会社)に対する債権金一、六六三万一、〇五四円が含まれている。しかし、控訴会社はこれが取立不能であることを取締役会で確認し、かつ右日本新棉花の債務につき保証人となっている被控訴人に対し破産宣告の申立に及んでいる。したがって、右債権を資産として計上することは許されないにも拘らず、資産として計上し、損益計算書に利益金一、六一〇万〇、三四〇円を算出しているが、これは架空の利益であり、実質は金五三万円以上の欠損である。それゆえ、右決算案が承認可決されるときは、蛸配当となり、会社財産を危くするが、本件株式数は右株主総会の決議を左右するに足りるものである。

(四)  控訴会社は、三桝育英会に対する本件株券の引渡、本件株式名義の書き換え、株主権の行使ことに議決権の行使、株主名簿その他株主として閲覧権のある書類帳簿の閲覧等を拒んでいる。

(五)  また、控訴人らは財団法人三桝育英会設立許可申請書の原本を不正隠匿し、右申請手続を妨害している。

(六)  控訴人広瀬および他の控訴会社取締役による前記行動は控訴会社の財産を危殆にみちびくものであり、その対外的信用を失墜せしめ、事業の運営上にも重大な支障をきたすが、財団法人三桝育英会は本件株式を主要財産として、その配当金で運営されるものであるから、そのような状態が続けば、右財団設立許可申請が却下されるおそれもあり、また三桝育英会の存続自体が危まれる結果となって、その損害は到底回復し得ない。

(本件仮処分事件において三桝育英会が上記7の(一)ないし(五)と同趣旨の主張をしたことは当事者間に争いがない)

二、しかるところ、控訴人らは本件仮処分は申請人たる三桝育英会には当事者能力がなく、かつ、被保全権利も、仮処分の必要もないのにあえてなされたものであって違法であるというので、まず、本件仮処分事件の基礎的事実関係を考察する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、本件仮処分事件の基礎的事実関係は次のとおりであったと認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1、清水千代二郎は、昭和三一年一月一三日当時所有していた控訴会社の株式三〇万四、七六五株を出捐して第一の寄附行為(原判決添付別紙第一記載の財団法人清水育英会の設立を目的とするもの)について、公正証書による遺言書を作成した。

2、千代二郎は、右遺言書作成後その生前に、同人所有の現金二〇万円と第一の寄附行為の出捐財産である控訴会社の株式のうち二〇万株とを出捐して第二の寄附行為書を作成し、三重県教育委員会を通じて昭和三一年一二月二五日付で主務官庁である文部省に対し財団法人三桝育英会の設立申請手続をなしたが、その設立許可申請書は、昭和三三年三月二四日付の書面で、千代二郎宛に文部省から運用資金を五〇万円とすることおよび役員構成を変更することの勧告を付して返戻されてきた。

3、千代二郎は昭和三三年四月二二日死亡したが、同人は死亡するまで控訴会社の代表取締役の地位にあってその所有株式について株主権を行使し、配当金を受領して自己の所得としていた。また、第二の寄附行為の出捐財産である現金二〇万円は千代二郎名義で銀行の普通預金口座に預け入れられていたに止まり、特別の管理運用はされていなかった。

4、控訴人広瀬は千代二郎の死後、控訴会社の代表取締役に就任するとともに、千代二郎の遺言に基づいて遺言執行者に就任し、遺言による第一の寄附行為に基づく財団法人清水育英会を設立しようとして、自ら右財団の設立準備委員長となり、昭和三三年九月三〇日千代二郎の遺産である前記控訴会社の株式三〇万四、七六五株を財団法人清水育英会設立準備委員長広瀬英利名義に書き換え、その後の株主総会において右株式の議決権を行使し、また文部省に対し右財団設立許可申請手続をなす等清水育英会の代表者的地位に立って行動した。なお、千代二郎の遺産中には他に八、五〇〇株の控訴会社の株式が存在したが、この株券は控訴人広瀬から千代二郎の相続人に引渡された。

5、一方、被控訴人は千代二郎の次男で相続人の一人であり、かつ財団法人三桝育英会の理事予定者の一人であったが、前記千代二郎のなした右財団設立許可申請手続を受け継いで、右財団を設立しようとして、自ら右財団の理事長予定者となり、三重県教育委員会を通じて昭和三三年一二月三一日付で文部省に対し前記許可申請書の一部を変更した右財団設立許可申請書を提出した。

6、しかし、右許可申請書も、また控訴人広瀬が提出した財団法人清水育英会設立許可申請書もともにその後文部省からそれぞれ返戻されてきた。

そこで以上の事実関係に基づき本件仮処分事件における三桝育英会の当事者能力および被保全権利の有無について考究する。

1、先ず、当事者能力の点であるが、寄附行為の出捐財産が設立さるべき目的財産として、寄附者の個人財産から明確に分離され、一定の管理機構のもとに置かれて、実質的には個人の帰属を離れた独立の存在として管理運用されているときは、主務官庁の設立許可前においても、いわゆる権利能力のない財団として当事者能力を有する(最高裁判所昭和四四年六月二六日判決、民集二三巻七号一、一七五頁参照)が、たとえ形式上管理人が定められていても出捐財産が寄附者の個人財産から明確に分離され独立して管理運営されるに至っていなければ設立中の財団として当事者能力を有することはないと解すべきである。

これを三桝育英会についてみるに、前認定事実よりすれば、第二の寄附行為の出捐財産である現金および控訴会社の株式とも千代二郎の死亡に至るまで同人の個人財産から明確に分離され、独立の財産として管理運用されることなくきたものというべきであるから、三桝育英会はいわゆる権利能力なき財団として当事者能力を有するものではなく、千代二郎の死後被控訴人が財団法人三桝育英会の理事長予定者となり三桝育英会の代表者の地位に就任したとしてもそのことだけでは当事者能力を取得するものでないこと明らかである。

2、次に、被保全権利の点であるが、前示本件仮処分の申請の趣旨および理由によれば、本件仮処分事件の被保全権利として主張されたところは、(1) 第二の寄附行為の出捐財産としての本件株券引渡請求権、(2) 本件株式の株主たる地位確認請求権、(3) 同株主権に基づく帳簿等閲覧請求権であると解されるが、これらの被保全権利が存在しなかったことは当事者間に争いがない。

三、してみれば、本件仮処分の取得および執行は仮処分の必要性の存否の判断を要せず違法のものというべきであるから被控訴人が申請人の代表者として本件仮処分判決を取得するにつき故意・過失があるときは、右判決の執行により被申請人が蒙った損害を賠償すべき責任がある。控訴人らはこの点につき違法な仮処分執行による責任は故意・過失を要しないと主張するが、明文の規定を欠くわが法制の下においては右見解は採用できない。

そこで、右の故意・過失の有無につき次に判断する。

1、前示のとおり、被控訴人は三桝育英会に当事者能力がないにも拘らずあるものとして、本件仮処分申請をなしたのであるが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は商業学校卒業の学歴を有し会社経営の実務経験には富んでいても、法律的知識、素養を欠くものであること、本件仮処分申請は弁護士に委任してこれをなしたものであることが認められ、これに当事者能力というような概念は極めて法律技術的概念で日常社会生活上のものでないことを併せ考えれば、三桝育英会が当事者能力を有するとの判断は専ら右弁護士においてなしたものと推認するに足りる。

そのように訴訟提起を弁護士に委任してなす場合、一般社会人の判断能力を超える法律問題については、訴訟提起者は該弁護士の求めに応じてそれを判断するに必要な資料を開示すれば、訴訟提起者として要求される注意義務を果したものというべく、右判断の誤りにより訴訟の相手方が損害を蒙ったとしても、それを賠償する義務を負うことはないと解すべきである(なお、委任者と弁護士との間には通常指揮監督関係は存在しないから、委任者が該弁護士の使用者として民法第七一五条の責任を負うことは一般的にないと解する)。

弁論の全趣旨によれば、被控訴人は前示三桝育英会の当事者能力の有無を判断するに必要な資料で開示できるものは全部本件仮処分事件を委任した弁護士に開示したものと認められ、これに反する証拠はない。

したがって、本件仮処分申請が当事者能力のないものからなされた点については被控訴人に故意過失がなかったといわなければならない。

2、次に本件仮処分の被保全請求権もなかったことは前示のとおりであるが、申請人が当事者能力を有しないとされると同じ理由により被保全請求権なしとされる限りでは、被保全請求権存否の判断資料は被控訴人が求めに応じてすべてを弁護士に提供したとみられることはすでに説示したところにより明らかであるから、当事者能力の欠缺について判断したところと同様の理由により被控訴人に故意過失の責を負わせることはできないというべきである。

しかしながら、先に認定した本件仮処分事件の基礎的事実関係によれば、三桝育英会が本件株式を取得したというには至らないところ、亡千代二郎の遺言(第二の寄附行為が右遺言と牴触するものではなく、したがって右寄附行為により取消されていると解すべきではない((最高裁判所昭和四〇年(オ)第七〇六号事件判決参照)))によってなされた第一の寄附行為の出捐財産である控訴会社の株式三〇万四、七六五株は、千代二郎の歿後、財団法人清水育英会の目的財産として千代二郎の遺産から分離され、かつ右財団設立準備委員長としての控訴人広瀬のもとに独立の財産として管理運用され、控訴人広瀬は清水育英会の代表機関たる地位にあったといいうるから、清水育英会は権利能力なき財団として存在するとともに、相続人に代って、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をなす権利義務を有する(民法第一〇一二条第一項)遺言執行者として、控訴人広瀬が清水育英会に右株式の権利を帰属させ、その代表機関名義に右株式の名義を書き換えることは前示千代二郎の遺言の目的の達成のために必要な行為といいうるから、前示名義書換により右株式の権利は清水育英会に実質的に帰属したと解すべきであり、本件仮処分事件の被保全権利の存在はその面からも否定されることとなるので、さらに、この点において故意過失の有無が検討されるべきである。

ところで、右遺言による第一の寄附行為が生前処分である第二の寄附行為と牴触すると解されるときは民法第一〇二三条第二項の規定により遺言は取り消されたものとみなされることは本件仮処分事件において被控訴人が主張した(≪証拠省略≫により認められる。)とおりであるところ、第一の寄附行為が第二のそれと牴触するかどうかは、単に両者の内容、寄附行為書の記載文言を対照すれば決しうる事柄ではなく、寄附行為の法律的性質、右法条の趣旨目的をどう解するかということに関わる優れて法律的な判断事項であることはいうまでもない。したがって、先に当事者能力に関して説示したところと同様、弁論の全趣旨により、被控訴人において右牴触の有無を判断するに必要な資料の開示は自己のできる限りにおいて全部これを本件仮処分事件の弁護士に開示したと認められ、これに反する証拠がない以上、この点においても被控訴人に故意過失を認めることはできないとしなければならない。

3、因みに、本件仮処分申請当時においては、権利能力なき財団について参照すべき判例は僅少であり、これを詳説した論攷を見出すことも困難な状況にあって、本件において控訴人ら代理人においても当初は清水育英会の当事者能力を消極的に理解していたように、法律家にとってもこれにつき誤りのない判断を下すのは必ずしも容易でなかった。また、遺言による寄附行為と生前の寄附行為との牴触の問題についても右と同様の状況にあり、解釈判断に困難の伴ったことは原審におけるこの点の当事者双方の主張が甚だしく多岐にわたったことからも裏付けられるところである。

四、以上のとおり本件仮処分が当事者能力が欠缺し被保全権利の存在しないに拘らずなされたことにつき被控訴人の故意過失を認むべきではないのであるが、本件仮処分の必要性の存否に関する被控訴人の故意過失はこれとは別個に判断されるべきものであるから、次に検討を加える。

1、控訴会社に対して命じられた仮処分は本件仮処分判決第二ないし第四項の本件株式、株券の処分禁止およびその実効性確保のための措置と第六項の三桝育英会のなす控訴会社の株主名簿の閲覧謄写の許容であるところ、前示のように本件株式は財団法人清水育英会設立準備委員長広瀬英利名義に書き換えられ、控訴人広瀬により財団法人三桝育英会と競合する形で財団法人清水育英会の設立許可申請手続がとられたばかりでなく、≪証拠省略≫により認められるように、被控訴人が財団法人三桝育英会設立許可申請手続を進めるうえで必要な前示千代二郎のもとに文部省から返戻された右設立許可申請書の原本を隠匿していたこと(≪証拠判断省略≫)、控訴人広瀬は右のとおり本件株式の名義人であると同時に控訴会社の代表取締役の地位にあったことに照らせば、右本件株式の処分禁止の仮処分はその必要性があったと認めるに足りる。また、≪証拠省略≫によれば、本件仮処分事件において、控訴会社は三桝育英会のなす株主名簿等の閲覧を拒否したことを争わなかったことが認められ、そのことは右拒絶は事実であることを推認させるものであり、これに前示本件株式を巡る紛争の実情を併せ考えれば、右三桝育英会のなす株主名簿等の閲覧謄写の許容を命じた仮処分の必要性は肯認されなくはない。

2、清水育英会に対し命ぜられた仮処分は本件仮処分判決第二ないし第五項であるところ、第二ないし第四項については控訴会社について説示したところと同様の理由によりその必要性が認められる。

しかしながら本件仮処分判決第五項の本件株式について株主権の行使を禁止した仮処分の必要性はこれを肯定することができない。

なるほど、前記一において認定した本件仮処分事件の基礎的事実関係および≪証拠省略≫によると控訴人広瀬は控訴会社の代表取締役と清水育英会の代表者を兼ねており、控訴会社の他の取締役が清水育英会の役員を兼務する関係になっているところ、本件仮処分申請当時控訴会社の発行済株式の総数は一五〇万株であるが、財団法人清水育英会設立準備委員長としての控訴人名義に書換えられた控訴会社の株式三〇万四、七六五株は控訴会社の株主総会の決議を左右するに足る株式数である実情にあったことが認められる。この事実からすれば、清水育英会に右株式三〇万余株につき株主権の行使を許すときは、控訴人広瀬において控訴会社の運営を私し、その結果控訴会社の資産内容を悪化させ、本件株式に対する配当の減少を来し、ひいては本件株式をその主要な財産とする三桝育英会の成否存立にかかわる著しい損害をもたらすという可能性がないとはいえない。しかしそのような抽象的なおそれがあるというだけでは、右のように控訴会社の運営に重大な影響を与えかねない本件株式の株主権の行使の停止という満足的仮処分を発する必要性としては不充分といわなければならない。

そこで、さらに控訴人広瀬に控訴会社の運営について具体的に不正不当な行為があったかどうか検討する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、控訴会社では控訴人広瀬がその代表取締役に就任後東京営業所に乗用自動車一台を配備したが、それは営業上の必要に由来するものであることが認められ、右自動車の配備が不当な措置であることを認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴会社は被控訴人の経営する日本新棉花に対し金一、六六三万一、〇五四円の前渡金債権を有していたこと、日本新棉花の右債務につき被控訴人は連帯保証人となり、かつ自己所有の宅地建物に担保権を設定していたこと、日本新棉花は昭和三四年三月二〇日その振出にかかる約束手形を不渡にし、当時みるべき資産は有していなかったこと、控訴会社は日本新棉花に対する右債権につき貸倒れ債権としての会計処理をすべく、税務当局に当たったところ、被控訴人が控訴会社の取締役に就任しているところから、連帯債務者である被控訴人に対する破産宣告の申立等の事実がなければ容認しえないということであったこと、控訴会社は被控訴人に対する破産宣告の申立をすることを既に同月一八日決定していたが、準備の都合もあって実際に右申立を津地方裁判所に対してなしたのは同年四月九日となったこと、そこで、控訴会社の第二二期(昭和三三年一〇月一日から昭和三四年三月三一日まで)の決算では、右債権を貸倒れ債権として処理しなかったこと、なお、翌第二三期(昭和三四年四月一日から同年九月三〇日まで)の決算では右破産宣告の申立をなしたことにより税務上許容されることとなった限度額で債権償却引当金を計上し、右債権の一部につき貸倒れ債権としての処理をなしたことがそれぞれ認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

ところで、企業の会計実務が税法を考慮し、税務上の取扱いに則って行われていることは一般であり、特段の事情のない限り相当というべきところ、租税実務上債権の貸倒れ認定基準が厳格なものであることは顕著な事実であるから、控訴会社が日本新棉花に対する債権につき税務当局に相談のうえで右認定のごとき会計処理をしたことをもって不正不当なものであるとすることはできない。

(三)  また控訴人広瀬が控訴会社の代表取締役と清水育英会の代表者を兼ねていることは前示のとおりであるが、第一の寄附行為中には財団法人清水育英会の理事の定員を三名とし、そのうち一人は控訴会社の代表取締役、一人は取締役をもって充てるものとする規定があるのであり、そのこと自体控訴人広瀬に不当に控訴会社を経営ないし運営しようとする意思のあることを推断させる徴憑となるものではなく、また控訴会社の取締役が清水育英会の役員を兼ねている事実があるとしても同様である。

(四)  他に、控訴人広瀬が控訴会社の代表取締役なり清水育英会の代表者なりの地位にあることを利用して控訴会社の資産を危殆ならしめる不正、不当な行為に及んだことを認めるに足りる証拠はない。

(五)  そうすれば、本件仮処分判決第五項はその必要性を欠くものというべきである。

3、そして、前示被控訴人の経歴からすれば、被控訴人は前示控訴会社の日本新棉花に対する債権の会計処理が直ちに不当と非難できるはずのものではないことを知っていたかそうでなくとも容易に知りえたものと認められる。必要性のない仮処分を濫りに申請すべきでないことはいうまでもなく、被控訴人が右容態において三桝育英会の代表者として本件仮処分判決第五項の仮処分を申請し、これを認容する判決を得たことには少くとも過失があるといわなければならない。

五、以上のとおりであるから、控訴会社に対する関係では本件仮処分判決取得につき被控訴人に故意過失が認められないから、たとえ控訴会社が本件仮処分判決の執行により損害を蒙ったとしても、被控訴人はこれを賠償する義務を負わない。

なお、本件仮処分判決第二項の執行の第一回目が控訴会社の第二二期株主総会の当日その開催直前になされたことは当事者間に争いないが、右執行がことさら右株主総会の開催または進行を妨害する意図をもって不当な方法でなされたことを認めるに足りる証拠はなく。実際に右株主総会は定刻どおり開催されたことが≪証拠省略≫により認められるところであるから、右執行をもって違法視できるものではない。

しかし、清水育英会に対する関係では本件仮処分判決第五項の取得につき被控訴人に過失のあること前示のとおりであるから、被控訴人はその執行により清水育英会が蒙った損害を賠償すべき義務がある。

よって、損害の額について次に判断する。

1、本件仮処分取得後被控訴人は控訴人広瀬ひいては控訴会社の信用を毀損する事実をその取引銀行等に宣伝したことは後記認定のとおりである。しかしそれによって前示のとおり未だ海のものとも山のものとも分らない清水育英会の名誉信用が金銭的評価を可能とする程度に損われたとは認められない。因みに、右のような損害は本件仮処分判決の執行とは別個の被控訴人の不法行為によるものとみるべきである。

2、清水育英会が本件仮処分申請に対する応訴、本件仮処分判決に対する控訴を余儀なくされ、前示のとおり清水育英会は弁護士に委任して右訴訟を追行した(控訴審においても弁護士に訴訟追行を委任したことは≪証拠省略≫により認められる)のであるが、本件仮処分事件の内容に鑑みそれは相当な措置というべきであり、≪証拠省略≫により認められるように当時控訴会社の株式は大阪証券取引所に上場され、一株六二円程度で取引されていたこと、本件仮処分事件の内容、被控訴人に過失の認められるのは本件仮処分判決の一部についてのみであること等に照らせば、違法な被控訴人の本件仮処分判決第五項の取得と相当因果関係にある右弁護士費用は金五〇万円と認めるのを相当とする。

そして、清水育英会は権利能力を有しないながら財団として社会的実在を承認され、民事訴訟法により当事者能力を付与されているのであるから、右損害賠償請求権は実質的には清水育英会に帰属し、清水育英会は自身で当事者となってこれを請求できること勿論であるが、法形式的には右損害賠償請求権は信託的に清水育英会の代表者たる控訴人広瀬の権利とされるのであるから、控訴人広瀬が受託者たる地位において右損害賠償を請求することもできるというべきである。

六、本件仮処分判決の執行は控訴会社に対する関係では不法行為を構成しないこと前述のとおりであり、控訴会社の主張する被控訴人による控訴会社の名誉、信用毀損の事実は、右執行に伴いまたはその結果発生するものとは見られないが、控訴会社の主張全体を通じて見れば、控訴会社は右事実を右執行による損害としてのみ主張するものではなく、そのようなものとして認められないときは、別個の不法行為による損害としてその賠償を求めているものと解すべきであるから、以下においてこの点の検討に入る。

1、≪証拠省略≫を綜合すれば、被控訴人は、本件仮処分判決取得後昭和三四年中において、訴外株式会社東海銀行、同富士銀行等控訴会社の取引金融機関、訴外大同生命保険相互会社というような大株主あるいは訴外大和紡績株式会社、同東邦レーヨン株式会社、同丸紅飯田株式会社等主な取引先その他一般株主に対し、口頭または書面で、控訴人広瀬は控訴会社の社長の地位を利用して擅に千代二郎の株券の名義を自己に書き換え、これを不法に占有したので、やむなく司直の手に委ねた結果、控訴人広瀬は右株券の不法占有を解かれ、議決権の行使を停止されており、また控訴人広瀬が控訴会社の業務遂行に当たり幾多の法令および定款違反を行っている事実が表面化しつつあり、控訴会社の信用を失墜させている等控訴会社の社長、役員がその地位を濫用して控訴会社を喰い物にしている旨喧伝したこと、そのため、控訴会社は前記東海銀行から産業手形の割引枠を一億円から二、〇〇〇万円に減額される等の不利益な扱いを受け、また従前株主総会での議決権行使につき異議なく委任状を送付してくれていた株主からこれを受けられなくなる等のことがあったことが認められ、原審における被控訴本人尋問の結果中これに反する趣旨の供述は前掲他の証拠と対比して信用できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

そのように、会社経営の衝に当たる役員がその権限を濫用して会社を喰い物にするなどと喧伝することはひとり当該役員の名誉、信用を毀損するのみならず、会社の信用を傷つけるものであることはいうまでもない。

そして、前示のように被控訴人が本件株式の権利が三桝育英会に属すると考え、そう考えたことに故意過失がなく、またこれを容認する本件仮処分判決が出されたとしても、そのことは何等被控訴人の前示行為を正当化するものとはいいえないから、被控訴人はそれにより控訴会社の蒙った損害を賠償すべき義務を免れない。

2、前示被控訴人が喧伝した内容、相手の範囲および控訴会社との関係、実際上の影響等を斟酌すれば、それにより蒙った損害は金一万円を下らないと認めるのを相当とする。

七、以上の次第で、被控訴人は、いずれも損害賠償金として、控訴会社に対し金一万円、控訴人広瀬に対し金五〇万円および右各金員に対する前示各不法行為後である昭和三五年六月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

控訴人らの各請求は右の範囲で理由があり正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

八、よって、叙上と一部趣旨を異にする原判決中控訴会社の請求に関する部分はこれを取消すこととし(原判決中控訴人広瀬の請求に関する部分は訴の取下げにより失効した)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 山内茂克 裁判官豊島利夫は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 綿引末男)

<以下省略>

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